外見だけでなく脱いでも13歳とは思えぬ特徴を持つ肉体に賛否両論
少女M(後編)


 前ページで、少女Mのグラビアの実績が諏訪野しおりとは比べ物にならないと書いた。これについて、当時からロリータマニアだった読者の多くは反論を唱えるかも知れない。というのは、諏訪野しおりの写真集『君はキラリ』と同名のビデオは、ロリータブーム全盛期を象徴する様な大ヒットとなった作品だからだ。  しかし、ここで実績といったのは、少女Mの場合、前号でも軽く触れたが、モデルとしての活動はロリータメディアに限定された写真集、ビデオにとどまらず、一般層を対象とした週刊誌にも及んだ事をさしている。今では、絶対にあり得ない話だが、田中みおに改名する前の一年ほどの間、彼女は大手週刊誌専属のグラビアモデルとして、写真集やビデオのパブリシティーではなく、撮り下ろしグラビアで定期的に登場していた。今回、紹介したカットなどを見てもらうと、着衣の状態でもそれなりに判ってもらえると思うが、彼女の身体は、すでに成人した女性と変わらず、一般メディアに登場しても『ナンだ、ガキじゃないか』といわれる事はなかった。




 こうした実績を元に、85年初頭に公開された映画『スクラップストーリー ある愛の物語』(ジョイパックフィルム配給)で主演している。それと共に、主題歌の「スクラップストーリー/cw.夜明け前のエピローグ」で歌手デビューという、ポッと出のタレントにはあり得ない、かなり恵まれた状況のデビューであった。
 この映画は、後に「寝盗られ宗介」などの作品のメガホンも取る若松孝二監督作品で、14歳の家出少女と、今風にいうとフリーターの青年と、ビニ本カメラマンの男二人の奇妙な同棲生活を描いたストーリー。実際にファックシーンはないが、二人の男が交互にMの演じる康子を寝室に伴うシーンや、14歳という年齢設定のままで、彼女がヌードモデルのバイトを始めたと宣言するシーンなど、おそらく、現代では法律の関係でDVD化はもちろん、再上演や衛星放送も含めて電波にのせる事は出来ない内容だ。
 しかしながら、傍役に当時の文化人ブーム最先端を走っていた糸井重里や嵐山光三郎、ひょうきん族のホタテ男でブレイクした直後の安岡力也、それに高田純次などが固め、制作側としてはかなり力を入れていた事がわかる。しかも、主題歌のレコードの発売も、当時、音楽業界では最大手だった日本コロムビアで、発売イベントなど、かなり本格的なプロモーションも行われた様だ。こうした一部始終は、一般誌のみならず『ヘイ! バディ』などのロリコン専門誌でも大々的かつ、正式ルートからのオファーでパブリシティも展開された。
 このあたりの細かいエピソードは、前出の「私は不等記号」に詳しい。
 何も知らずに目次を見ると『3Pなんて何の事か知らなかった』などという章タイトルがあったり、撮影中に生理が来て、自分では入れられなかったタンポンを監督に入れてもらったなどという、ドキッとするようなエピソードまで載っている。
 しかし、映画の公開と並行したように発行された本書で、少女Mからの決別。つまりは、自分なりに楽しかったし、みんなが綺麗と誉めてくれてうれしかったけど、もう、ヌードは卒業しますと明言した事が、最終的にボディブローの様に利きはじめる。
 結局、映画もレコードも、思惑通りに話題になる事はなかった。
 その後、彼女は地道にライブ活動を展開したり、一足早くタレントとして活動していた若葉しをりの主演映画『落葉樹』(新藤兼人監督作品)や、テレビドラマの単発ゲストとして二人一組のパッケージで顔を出したりしていていたが、徐々に姿を見か ける事はなくなってしまった。曖昧な記憶で恐縮だが、`90年代の始め頃、かなり話題となった大作映画のエンドロールで「田中みお」の名前を見たのが彼女の最後の消息だった。レンタルしたビデオを何度か見直したところ、赤い毛氈で囲まれた小部屋に何人かたむろしている遊女の一人に懐かしい顔を見付けたが、出演はその一瞬で、セリフもなかったと記憶している。残念ながら、映画のタイトルは思い出せないが、そんなチョイ役でエンドロールに名前が出るというのは、彼女が当時もそれなりに認められた存在だったのか、あるいは、もともとは何か見せ場が用意されていたが、編集段階でカットになってしまったのかは判らない。
 今、振り返って見ると、毎月、複数の撮りおろしロリータ写真集が発行され、有名書店の店頭で平然と平積みされて販売されていたという、信じては貰えない様な空前のロリータブームも、当局の動向の関係でワレメに修正が入り始めると、その勢いは一気に失速した。
 一方、豪華本ロリータ写真集からグラビアアイドルへと転身に成功したものの、ヌードを封印した結果、多くのファンが離れ、過去の人になってしまった少女M。ロリータブームの寵児として我々の前に現われた彼女の活動の終焉と、ブームの終焉が、どちらも、局部を晒さなくなった事が引き金となったといえないだろうか。
 こじつけといわれてしまえばそれまでだが、ロリータブームを象徴する存在だった一人の少女と、ブームそのものの不思議な因果関係を見た気がする。
 結局は一つのメディアとして成長し切れなかったロリコンをバックにメジャーに上り詰めるという策略が無謀だったということだったのだろう。今でこそ、AV女優がタレントに転身する事も可能だが、当時は普通のエロメディアでさえ、特殊な存在だったのだから。


▲「あなたへ…私は不等記号」85年7月1日発行、山手書房(絶版)。ヌードデビューから映画出演までのエピソードを語ったエッセイ本。ここで脱ヌード宣言。


▲「ROMANCE part2」`82年9月20日発行、サンアート出版(絶版)。通販限定、¥15000の豪華本写真集。

第七回少女M(後編)

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